京つう

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2007年06月20日

空間と花

その空間のイメージに合う花。

花だけが突出していてもだめだし、
存在感がないのも違う・・・
何か言葉を探すとすれば
「あるべくしてある花」

長く花と共に仕事をしていますが
究極のテーマです。

             

             落ち着いた空間です。
             少し姿勢をただしたくなるような、心地よい緊張感があります。
              
                 

              

              静かな和室には、動きの少ないお花。
 
                

              

              雨上がりの静かな庭のような苔と白石。
                                  




人の手によって、
自然の一部を切り取って花を生けていく行為。

「生ける」と言う言葉は
生け手は深い思いを持ち、
いろいろな意味合いを含み、それぞれに解釈されています。

生けた花に現れた自分の欲。
そんな時は頭をまっさらにして
あらためて花(自然)に学び
姿勢を正して生けなおします。


                   


Posted by Fairy 岸 勝人 at 16:33│Comments(7)
この記事へのコメント
わわ こういうのも好きです。
最近はお花がたくさーん、の華麗なものよりも
お花はちょっとだけ、で粋なものが好きです。
今週末は終わりかけだけど、明治神宮の菖蒲園に行ってみるつもりです。
Posted by mie at 2007年06月20日 20:51
mieさま、ありがとうございます。

「数少なき花、思い入れ深く」
好きな言葉です。
少ない花は、一輪一葉とも手を抜くことなく
生けなければならないので、
実はとても大変です。
一つ一つ細やかに生けていくと、
出来上がりは少なくても
意味のある花が生けあがります。

菖蒲は見納めでしょうか。
本格的な夏の訪れですね。
Posted by F at 2007年06月20日 22:07
欲を滅却したかたち。
たしかに生け花だからこそできる
表現なのかもしれませんね。
花を花として扱うからでしょうか?

自然を切り取るというそもそもの欲を
美へと昇華させる。

このような言い方があっているのか
わかりませんが、いずれにせよ
共感しました。
Posted by +0 atelier at 2007年06月22日 13:56
+0 atelier 様、コメントありがとうございます。

自然の生ある花を生けること、
自分の欲や傲慢さに自ら反省する日々です。

「花は野にあるよに」とは利休の言葉ですが、
人の手に渡った瞬間から自然を創造していくのですから、
花を生けると言う本質の課題なのかもしれません。
謙虚に自然を捉えて生きたいと思います。
まだまだ修行の日々です。
Posted by Fairy 岸 at 2007年06月22日 14:20
手に入れて、もう一度自然へ。
たしかにむずかしいですね。

私は建築設計の仕事をしていますが
似たようなことを感じています。

悲しいけれど、「花を生けたい」という
「欲」はいつまでも持ち続けていたいと
思っています。
人は美と芸術を手に入れたのですから。

(あ、私の場合は「空間をつくりたい」という欲ですね)

また来ます。
Posted by +0 atelier at 2007年06月26日 14:43
+0 atelier 様、コメントありがとうございました。

先日の花会でも思ったのですが、
京町屋の坪庭のように
生活空間の中における自然な趣き。
ただのインテリアではない何か・・・
わたくしもまだまだ勉強中です。
Posted by Fairy 岸 at 2007年06月26日 16:56
確かにインテリアではないような。

人と自然の関わり、ホント難しいですね。

ではでは。
Posted by +0 atelier at 2007年06月27日 16:08
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